大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1939号 判決

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 水石捷也

同 秋元善行

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 布留川輝夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表三、四行目の「別居して現在に至っている」の次に「(右の別居は、控訴人との話合いのもとに始められたものであり、合意による別居である。)」を加える。

二  原判決三枚目裏一〇行目の「専業主婦になったことは認める」の次に「(ただし、その時期は昭和四九年ころである。)」を加える。

三  原判決三枚目裏一二行目の末尾に「控訴人は、家の建替え自体について反対したものではなく、ちょうどそのころ長男一郎の中学受験期であったため、建替えを延期してほしいと言っただけである。」を加える。

四  控訴人の主張

確かに、有責配偶者からされた離婚請求であっても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないとするのが最高裁判所の判例(最高裁昭和六一年(オ)第二六〇号同六二年九月二日大法廷判決・民集四一巻六号一四二三頁)である。しかしながら、本件は、別居期間及び未成熟子の有無の点において、既に右判例の示す要件を欠くものである。

すなわち、本件における別居期間は昭和五六年夏ころから現在まで八年に満たないものであり、この別居期間が右判例にいう「相当の長期間の別居」に当たらないことは明白である。なお、本件においては、被控訴人は勝手な理由をつけて一方的に家を出たものであり、合意による別居でないことはいうまでもない。

また、長男一郎は、昭和六二年三月に甲田大学大学院を修了し、現在、国費留学生としてフランスに留学中であるが、学費・寮費を負担する必要がないものの、往復の旅費や不時の経費は本人負担であり、それは結局控訴人の負担としてはね返ってくる。二男二郎は、乙田大学工学部に在学中で、控訴人と同居しており、アルバイト程度はしているものの、経済的には控訴人の負担である。このように、長男、二男とも、いずれも成人していて未成熟子ではないが、いまだ経済的には自立していない。

五  被控訴人の主張

控訴人の前記主張は争う。

控訴人と被控訴人との同居の期間は二四年近くに及び、その間二人の子供をもうけたものであるが、被控訴人としては前記(請求原因2(一))のとおり丙原商店を辞めざるを得なくなり、その際控訴人の父は控訴人に対し離婚を勧めたということであるから、当時、第三者から見て控訴人と被控訴人との間に円満な夫婦関係が営まれていたとは考え難い。そして、その後も、控訴人と被控訴人との関係は、実質的には生活費を授受する間柄に過ぎず、別居開始数年前には夫婦の性関係もなくなり、ただ未成熟の子供がいたため、あえて正式の離婚は避けていたものである。したがって、このような経緯からすれば、本件別居期間である八年は、既に相当の長期間に及ぶものというべきである。なお、長男と二男が実質的に未成熟の子などということができないことは明らかである。

そして、被控訴人より控訴人に対し、離婚に伴う財産分与として、土地建物を処分して一億数千万円を支払うという和解案を度々提示していること等からすれば、被控訴人からの離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情も存しないというべきである。

理由

当裁判所は、被控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきものであると判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五枚目表一行目の「甲第五号証」を「甲第三号証の一、二、第五号証」と、同三行目の「乙第二号証、第三号証」を「乙第一ないし第三号証」と、同三、四行目の「原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人、被控訴人の各本人尋問の結果」と、同五、六行目の「他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。」を「右の証拠中次の認定に反する部分は、その余の関係証拠に照らして採用することができない。」と、それぞれ改める。

二  原判決五枚目表七行目の末尾に「(なお、控訴人は昭和八年五月一〇日生まれ、被控訴人は昭和一一年二月一五日生まれであり、控訴人と被控訴人とが同居を始めたのは昭和三三年三月である。)」を加える。

三  原判決六枚目表三行目の「原告は」から同四行目の「現在に至っている。」までを「被控訴人は、その所有名義の土地建物について、控訴人から所有権の一部二分の一につき処分禁止の仮処分を受けたことに立腹し、昭和六二年一月から控訴人に対して生活費を渡さなくなったが、その後控訴人の申立てによって婚姻費用分担の調停が成立し、昭和六三年五月から控訴人に対し一か月金二〇万円を送金して現在に至っている。」と改める。

四  原判決六枚目表五行目の「八八番六」を「八八番地六」と改める。

五  原判決六枚目表一一行目の「別居するようになった」の次に「(なお、この別居が、被控訴人の主張するように控訴人の了解のもとになされた合意による別居であるとは、到底認めることができない。)」を加える。

六  原判決六枚目裏二行目の「乙山春子」の次に「(近所の美容院に勤務していた美容師)」を加える。

七  原判決六枚目裏末行の末尾に「被控訴人は、従来、離婚に伴う財産関係の清算として、控訴人の居住している被控訴人名義の土地建物を処分し、抵当権の被担保債務をまず弁済した上で残った代金を控訴人と被控訴人とで半々に分けるという提案をしていたが、当審の和解においては、処分代金から税金、仲介手数料等の経費を控除してこれを半々に分け、抵当権の被担保債務は自分の取り分の中から弁済するとの譲歩案を示している(この場合、控訴人が配分を受ける額が金一億円余りとなるのに対し、被控訴人の手元にはほとんど残らないものと見積られる。)。」を加える。

八  原判決六枚目裏末行の次に(右七の付加に続けて)行を改めた上次のとおり加える。

「10 一方、控訴人は、前記のとおり被控訴人から婚姻費用として一か月金二〇万円の送金を受けているほか、洋裁の内職をして一か月金六万円程度の収入を得ている。控訴人は、気持の整理が十分にできていない状態にあるものの、現在においても、被控訴人との婚姻関係の継続を希望しており、当面離婚に応ずる意思はない。

11 控訴人と被控訴人との間の長男一郎は、甲田大学大学院を修了し、現在、国費留学生としてフランスに留学中である。また、二男二郎は、乙田大学工学部に在学中であり、その学資等は、本人のアルバイトのほか右10の控訴人の収入から賄われている(被控訴人は、前記の婚姻費用のほかは学資等の援助をしてはいない。)。長男、二男とも、離婚については、控訴人の判断に任せる意向である。」

九  原判決七枚目表三行目の「約七年」を「八年」と改め、同四行目の「(昭和六一年一二月まで)」を削除し、同六行目の「見込みは全くないのであるから、」の次に「控訴人が婚姻関係の継続を希望していることを考慮しても、」を加える。

一〇  原判決七枚目表一一行目から原判決八枚目表八行目まで(控訴人の抗弁についての判断)を次のとおり改める。

「右のとおり、控訴人と被控訴人との婚姻関係は現在では破綻して回復の見込みがないといわざるを得ないが、右の認定事実によれば、その原因は、被控訴人が、控訴人に対する守操義務及び同居義務に違反して、乙山春子と情交関係をもち、更に昭和五六年夏ころには控訴人と別居して乙山春子と同棲するようになり、間もなく同女とは別れたものの、その後も控訴人には住所さえ知らせず別居を継続していることにあるというべきである。この点に関し、被控訴人本人は、控訴人と被控訴人とは商売上のことで意見が対立することが多く、また、昭和四四年に土地建物を購入した折や昭和四七年ころに建物の建替えを計画した際に、控訴人から強く反対されたりしたため、被控訴人は、控訴人との生活に嫌気がさし、控訴人と離婚しようと決心するに至った旨供述している。確かに、前掲証拠によれば、控訴人と被控訴人とは性格や物の考え方において異なる面が多く、被控訴人としてはかねてより控訴人の言動、生活態度等に対して不満をもっていて、両者の関係は必ずしも円満なものではなかったことがうかがわれるが、これを婚姻関係が破綻するに至った直接、主要な原因と見ることはできないし、また、このような事情が存するからといって、前記のように被控訴人が控訴人と別居し、他の女性と同棲することをやむを得ないものとすることもできない。したがって、本件における婚姻関係の破綻についての責任は、専ら被控訴人の側にあるというべきである。

そこで、いわゆる有責配偶者である被控訴人からの離婚請求が許されるものかどうかにつき更に検討するに、右に認定したように、控訴人と被控訴人との間の子は、一人は当審の口頭弁論終結時(平成元年一月一八日)現在で二九歳であって大学院を卒業して外国留学中であり、他の一人は同二四歳であって大学卒業も遠くない時期にあり、いまだ経済的に自立していないとしても、いずれももはや未成熟子ということはできない。加えて、被控訴人からは、離婚に伴う財産関係の清算について具体的でかつ相応の誠意の認められる提案がなされているところであり、離婚が認められこの提案が実行された場合には、現在控訴人の居住している土地建物を処分することから新たに控訴人の居住場所を確保する必要が生じるものの、被控訴人から一か月金二〇万円の婚姻費用の支払を受けている現在の生活と比べて、控訴人が社会的・経済的により不利な状態におかれるとは考えられない。

しかし、他方、控訴人と被控訴人との別居がその年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶものかどうか(控訴人の引用する前記最高裁判所大法廷判決参照)を見るに、控訴人は当審の口頭弁論終結時現在で五五歳、被控訴人は同五二歳であり、また、控訴人と被控訴人との同居期間は昭和三三年三月から昭和五六年夏ころまでの二三年余りに及んでいて、前記のとおり両者の関係が必ずしも円満なものではなかったとしても、この期間中の夫婦共同生活は被控訴人の主張するような婚姻生活としての実体を備えていないものであるとは認め難い(なお、被控訴人本人は、別居開始三年くらい前からは夫婦の性関係もなかった旨供述しているが、控訴人本人は反対趣旨の供述をしているところであって、いずれが事実かを確定するすべはない。)。そうすると、本件における約八年の別居は、右のような控訴人と被控訴人の年齢及び同居期間と対比して考えた場合、いまだ被控訴人の有責配偶者としての責任と控訴人の婚姻関係継続の希望とを考慮の外に置くに足りる相当の長期間ということはできず、かえって、現段階において控訴人の意に反して被控訴人からの離婚請求を認めることは、自ら婚姻関係破綻の原因を作出しておきながらこれを理由として離婚の請求をすることを安易に承認する結果となって、相当ではないというべきである。

したがって、被控訴人の本訴離婚請求は、信義誠実の原則に反するものとして、これを容認することができない。

よって、原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 小林克已 裁判官 川邉義典)

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